wzmx’s diary

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スターバックスで無料でコーヒーが飲めるたった一つの裏技?? その1

 昔、友達がスタバ奢ってくれるというので、遠慮なくスタバの濃ゆいドリップコーヒーを頂戴したんですが、ほんとにドリップコーヒーでいいの?もっと値段の高いフラペチーノとかじゃなくてよかったの?と何度も聞かれて、いいんだよ俺はこのドリップコーヒーで、俺はドリップコーヒーが好きなんだよ、俺が飲むコーヒーはな、苦くて、真っ黒でないといけねぇ、まるで、ほら、こっちを覗き込んでみろ、こっちもお前を覗き返してやる、お前自身の闇で、お前をほろぼしてやる、そういう色をたたえたコーヒーでないといけねぇ、そうでないと俺の儀式が完了できねぇ、俺がカフェオレとか飲みたくなるのはな、菓子とか食いたい気分の時だけだぜって、そういう理由だったんだけど、言えなかった。言えるわけない。奢った相手にいきなりそんなめんどくせぇ話をされたって、気持ちよく奢れねぇだろって、そう思ったからなんだけど、きっと遠慮されたって思われただろうな。

 自分を貫くって難しい。自分を貫いた果実として和解を手にするのはもっと難しい。それが出来るやつだけが、本当の偉人になれるんだろう。

この世界の片隅に帰ってきてほしくないヒトとぼくとの関係について

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 『帰ってきたヒトラー』観た。結構よかった。いや、すごくよかった。過去のヒトラー映画のちょうどよい程度のパロディなどもすごくよかった。観てよかった。みんな達もとりあえず観ればいいと思う。

 

 政治的な話、たまに具体的な誰かの話をしすぎている(ネオナチの人達のことじゃない。ヒトラーの直系である彼らは特別扱いにせざるを得ない。)けど、今のドイツでこういう話をしようとしたら避けて通れないのか。どちらかに肩入れするような事ここに書きたくないので、これは飽くまでこの映画の歴史的な価値の話ってことにしてほしいんだけど、あのくだりって本当に映画に必要だったんだろうか。

 「ヒトラーは我々の中でまだ生きている」って台詞はすごい良いんだけど、我々がこの台詞について考える際、我々は"我々"の中に本当に自分を含めるだろうか。結局この問題を考える時に一番大事なのってそこなんじゃないですか。具体的な誰かの話をすることによって"我々"の範囲が無茶苦茶狭くなってる。我々ではない誰かを指差して物語を語って終わりじゃ、お互いにやってること進歩してない。

 この映画に関してはもっともっと主語を大きくしたりしてもよかったと思う。「ドイツのあいつら」って決めてしまったので、ここ何年かにしか響かない映画になった可能性ある。

 「そこを曖昧にすると肝心のあいつらがこの映画を他人事のように受け止めるかもしれない」という懸念はすごく分かる。でもそのあたりは思い切って曖昧にしてしまったほうが、永遠に響き続ける名作になった可能性が高まったと思う。

 お話自体はものすごくよかったから残念だ、と感じる。我々が当分の間は向き合い続けなければいけない問題を扱った映画だからだ。この作品は当分の間は残ってほしい。

 

 それとも、『この世界の片隅に』の太極旗みたいに、「この当時の人はこのように感じました」という、一つの率直な記憶の記録として残っていくのだろうか。それならありがたい気もする。

 

 いろいろ否定的に聞こえることも書いてしまったけど、これは良い映画なのでみんな達も是非観てください。オススメ具合としてはシン・ゴジラを10として8、ローグワンを10として9といった感じで、これはかなり高いし、とりあえず一度は観るべきという水準に達しているといえます。僕がこの2本を引き合いに出している時点でそういうことです!

 『この世界の片隅に』を10とすると…これはちょっとなんも言えない。

響けユーフォニアム!!!! いまを生きろ!!!!!!!

 響けユーフォニアム、あすか先輩が何らかの意味で殺されてたらまじで『いまを生きる』だった。基本的に主要人物が順番に『いまを生きる』をやるアニメだった気がする。つまり、グッときたかと思った次の瞬間!グッとくる奴でした!という意味です。青春映画ってみんなそうじゃんって気もするけど、そういう細かい話はどうでもいい

 というわけで、『響け!ユーフォニアム』がよかった皆さんは、洋画の『いまを生きる』も是非観ましょう!

 

いまを生きる - Wikipedia

 

 『響け!ユーフォニアム』のタイトル、

  • 『いまに響け』

 でもそんなに違和感が無いし、なんなら

  • 『生きて響け!』

 でも全然ありじゃん

肌荒れの季節

 寒くなってきましたね。

 皆さんは、この季節の肌荒れ、どう対処していますか?

 私は、全てを知ったふうな顔して「フフッ…荒れてるな?」と心の中で語りかけるようにしています。

 

 良いお年を!

ローグワン観ました。※ネタバレあり

※すごくネタバレをしています。もう信じられないくらい。こんな節操の無いネタバレをする人はじめてみた。ひくわー。

 

 ローグワン、観てきました。ラスト、あんなに綺麗にエピソード4に繋がるとは思わなかった。しかも最後のセリフまでサブタイトルに繋げてきてる。

●日本語のロゴが良い。

 最初に目に飛び込んでくる公式ロゴがすごくかっこいいですね。Wikipediaで同じものが見れます。

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー - Wikipedia

 僕はあのロゴ、大好きです。最近のロゴにありがちな、スタイリッシュな雰囲気とはまた違った感じ。「これは本物の神話なのです!」「伝説の時代の話なのです!」という意気込みがビンビン伝わってくる。

oriver.style

 お母さんの買ってくるお菓子みたい? はぁ? そりゃあんた、順序が逆で、お母さんの買ってくるお菓子の方が、「伝統的なお菓子ですよ、品質が保証されてますよ」というイメージを喚起させるために、ああいうロゴを使ってるんですよ。あっちはイメージの拝借。こっちは本物の架空の神話。全然違うわ。今すごい変な日本語が飛び出した気がする。あっでも明治のミルクチョコレートは大好きですよ。

 

●架空の世界に浸ろうとする観客の目を覚まさせるように突然挿入される現代戦のイメージ

 砂漠の惑星のモチーフはスターウォーズシリーズに頻繁に描かれているイメージの一つですが、その延長線として現代の砂漠の国の戦争を強く喚起させる映像を打ち出してきたのが予想外でした。「ルーカスが子供時代に親しんだ冒険映画のノリを再現する」という、これまでのスターウォーズとはだいぶ違う趣向のシーンだったように思います。

 明らかにこちら側の世界の戦車を彷彿とさせる車両、それに付随する歩兵集団、そこにターバンで顔を覆ったゲリラの民兵が、手榴弾や小銃で戦闘を仕掛けるって、いろいろ大丈夫か、これ。捕虜の顔に袋を被せるのとか、完全にあれラム国じゃん。
 多分、架空の世界の戦争とこちら側の世界の戦争の境界線を曖昧にする仕掛けだったんだと思います。あの戦闘は主人公が反乱軍に所属するようになってからの初陣に当たるわけですが、そこで突然現代戦を彷彿とさせるシーンで迫ってこられると、「これから始まるのは本物の戦争なんだ」という印象がこちら側の世界の住人の脳裏にも強く焼き付けられますから、以降の全ての戦闘シーンの緊張感がぐっと増したように思う。
 そういえば、去年に邦人も犠牲になったテロが起こったチュニジアスターウォーズのロケ地によく使われることで有名だけど、今回はどうだったんだろうか。


●ほんとに反乱「同盟」軍だった。

 スターウォーズファンとして個人的に大きな収穫だったのは、反乱同盟軍がどんな構造の組織なのかがはっきりしたことです。ほんとに反乱「同盟」軍だった。複数の組織が寄り集まって構成されていて、それぞれのトップが集まる「評議会」で行われる話し合いで物事が決まる。いや、そういった設定は元々あったらしいんですが、ああやって映像で分かる形で描かれたのは大きいと思う。今後の(僕の個人的な妄想の中での)反乱同盟軍に関する描写に大きな影響を与える、ちょっとした事件でした。


●モン・モスマ最高! 絶好調だ!!

 反乱同盟軍と言えば! モン・モスマの出番が多かったのが本当によかった。善玉のボスっぽい白服の熟女ね。既にエピソード6で登場してたんですが、泥臭い印象の拭えない反乱同盟軍の中で一人だけ高貴な輝きを放っていて、すごく好きなキャラクターだったので嬉しいです。子供の頃に遊んだスピンオフのゲームでも登場していたので、思い出深いし。

 お転婆なレイア姫も今風のヒロイン枠としては正しいと思うんですが、やはり善玉の本当に偉い人はああいう雰囲気でなくちゃなー。
 同じような雰囲気を持つアクバー提督とモン・カラマリの仲間たち(ギョロ目の魚っぽい顔の異星人)も好きだったんですが、彼らの同胞もゾロゾロと出てきて最高でしたね。


●宗教的要素は控えめにされていたけど、かえってよかった

  実はスターウォーズって、ルーカスの日本好き趣味が色濃く世界観に現れている割には、いかにもモンゴロイド顔なヒーローが主人公格として活躍したことってあんまりなかった気がします。(3Dアニメシリーズ未チェックなので、実は普通に大活躍した過去があったら申し訳ない。)

 ただ、個人的には「欧米人が自分の宗教観を保持したままアジア宗教も模倣するとこうなるんだなー」という楽しみ方がしやすくなるので、白人だらけなのも良いかなって感じでした。むしろ、もろに日本人顔な俳優がライトセーバー振り回してると、本当にただのサムライになってしまい、それはそれでスターウォーズっぽさが薄れる気もするんですよね。
 で、ローグワンですが、チアルート・イムウェという、超モンゴロイド顔をした、杖術使いの元僧兵が登場しています。
 正直、チアルートに関しては、観る前はちょっと不安でした。自分の感覚だと、ライトセーバーを持たないフォース使いって、ちょっと邪道っぽかったので…。彼がフォースについて何か語るたびに、自分の中のフォースのイメージが崩れていきやしまいかというのが、ローグワンを観る前に僕が感じていた唯一の不安でした。
 でもいざ観てみたら、彼もすごくよかったですね。劇中での彼、本当にただの戦士なんですよね。ひたすらカンフーっぽい動きをするだけの人で、ほとんど思想家ではなかった。ちょっと安心した。何らかのお題目を唱えるという、営みとしての宗教は描写されるんですが、それを唱えるのにどういう意味があるかとか、彼の住んでいた寺院にどういう歴史があったのかとか、彼自身の思想についてとか、そういう背景の詳細はほとんど解説されなかった。

 劇中のチアルートの役割は、思想家としてフォースについて説くというより、ひたすら戦士であること、それにローグワンの物語の中にフォースの存在を引き入れることでした。なんだかんだ言って、フォースが全然登場しないスターウォーズなんて、スターウォーズじゃないし。
 やはり、我々にジェダイの思想を最初に説いてくれるのは、オビワンでなければならなかったのです。チアルート自身も教師というより寺院の番人のような人ですし、偉大な正統ジェダイの生き残りであるオビワンやヨーダを差し置いて、先に我々にジェダイの思想のなんたるかを語るのは、チアルート自身も望まないでしょう。
 あと、ローグワンのメンバーって、意外と戦士が少ないですよね。工作行為が得意な人が主で、純粋に戦闘に特化した人って、チアルートと相棒のベイズ・マルバスしかいない。この二人がいないと、スパイとパイロットと警備ドロイドだけで激しい地上戦を切り抜ける展開になってしまう。物語に説得力を与えるために、どうしても地上での戦闘に特化したチアルート達が必要だった。重火器ダルマのベイズ・マルバスと、しなやかな戦士チアルート、このコントラストもよかったですね。


●ダースベイダー無双、立ち回りの地味さがかえってよかった

 劇中ではあんまり人を殺してない、と言われることもあるダースベイダーですが、ほんとにちゃんと強いんだぞ、という説得力を与えるためのシーンがラスト近くにありましたね。
 立ち回りとしてはあまり派手さはなく、アナキン時代と比べると非常に地味でしたが、場所が狭いですし、相手がモブ兵士なので、そんなもんだと思います。実力差がありすぎて全く戦闘になってない感じでしたね。ほんと、虫を払うように振舞ってた。「設計図どこかなー?」としか思ってなさそう。かえってよかった。絶望感がすごかった。今思い出してもゾクゾクする。
 あと、ここであまりに派手な戦い方をしてしまうと、後のオビワン戦での地味さが強調されてしまう。ローグワンでの立ち回りが地味だったことによって、オビワン戦での地味さにもある程度の説得力が出るようになってる。

参考:

www.youtube.com

www.youtube.com

 

キャリー・フィッシャーキャリー・フィッシャー

 キャリー・フィッシャーが本当にキャリー・フィッシャーでしたね。いやキャリー・フィッシャーではないんだけれども! キャリー・フィッシャーもすごかったけど、ターキン提督も頻繁に登場するのにずっとターキン提督ですごかった。中の人とっくに亡くなってますもんね。当たり前だけど。90年代に亡くなってます。

 

『君の名は。』を観ました。監督の過去の作品が苦手だった人も観ればいいと思います

※『君の名は。』及び、監督の過去の作品の内容に触れています

 

 

 『君の名は。』を観ました。案外良かったです。

 「こんなキラキラしたもの、俺が観るような映画じゃない」と思っているおじさんとかも、気にせずに観ておいたほうが良いと思います。丁寧に作ってある良い映画です。

 正直なところ、観る前はちょっと不安でした。過去の新海誠監督の映画、僕には合わない内容のものばかりだったからです。

 最初に観たのは『雲のむこう、約束の場所』でした。今のご時世にこういうことを言うのちょっと勇気いるんですが、これが本当に無理でした。あっ刺さないで。背景などの絵はすごい良かったんですが、話はただよさみで押し切るだけの内容で、もうこれ、ただの動く画集じゃん! いや確かに背景の絵はすっごい綺麗だし、静止画で観たらすごい綺麗なんだろうけど! でもだったら映画じゃなくていいじゃん! 絵本とかで見たい! そういう感想でした。

 次に新海監督の作品を観たのは、Abemaの一挙放送でのことでした。『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』、『星を追う子ども』の三作品をぶっ続けで観ました。これら三作品も一通り合わなかったです。(余談ですが、『秒速5センチメートル』を観ている途中、いつの間にか飛蚊症を発症していたことに気づきました。多分人生最初の老化現象だと思います。最初の老化が『秒速5センチメートル』を観てる途中に起こるってすごい。)

 『秒速5センチメートル』はまあ、「なるほど世の中にはこういうノリの映画が好きな人もいるのね」という感じでした。ちゃんと感情移入して観れてない人の感想だと思います。『言の葉の庭』ですが、前半は「やばい、この映画すごい好きになれそう」と思っていたのですが、オチが無理でした。なんだあのオチ。わーっと泣いて、わーっと抱き合って、じゃーんと音楽が鳴ればそれでいいのか。あっ刺さないで。でもあのお話の丸め方は無いと思います。乱暴すぎる。雑だと言ってもいい。キャラクターにかなり感情移入して観れていただけに、もう少し丁寧に二人の葛藤に向き合いながら終わりたかった…。前半すごく好きだっただけに残念だった。悲しさすらあった。『星を追う子ども』はひたすらジブリのパクリでした。思想が無いジブリでした。よくもあんだけ臆面も無くパクれたな。逆にすごいわ。主人公の声がイカちゃんだったのが可愛かったけど…。イカちゃんかわいい

 『君の名は。』に関しては、どうもネットでの評判を幾つか読んでみた感じだと、この度はこれ、なかなかおもしろそうなんじゃないか。でも過去の経緯もありましたから、ぷんすこ怒りながら劇場を出ていく羽目になることも覚悟の上で、鑑賞に参ったわけであります。

 そしたらこれ、なかなかいいじゃないですか。いい映画だったじゃないですか。これみんな観たほうがいいですよ。こんなキラキラしてそうなもの、孤独な自分が見たらそのまま体が消滅して無くなるんじゃないかとか、そういうこと心配してないで気にせず観に行けばいいと思います。そんなこと心配してないですか。僕はちょっとしてました。

 実は新しさが無いとか、ライトな作品だとか、そういうことを言う人がいるみたいですが、ライトだろうかヘビーだろうが、丁寧に作られたものには違いないです。思想らしい思想もないから、「ただの良い話じゃん」と言えばそれも一面の事実だし、「過去のいろんな作品の良かったところを組み合わせてるだけ」と言えばそれも確かにそうなんですが、娯楽のためのお話というものは、何よりも「丁寧に作られていること」が一番大事なことだと思います。

 良質な娯楽作品であるための条件って、新しさとかではないと思います。何千何万回も語られ続けているパターンのお話であっても、丁寧に愛情を込めて仕上げられているか? 聞き手の心を確実に揺さぶるレベルになるまで徹底して作り上げられているか? そっちのほうが重要なことだと思います。どんなに斬新なアイデアを含んでいても、雑に作ってあると雑な映画にしかならない。ところが逆に、手垢のついたようなお話であっても、丁寧に作ってあれば名作になり得る。

 要するに、『君の名は。』のことを、「新しくない。だから、ダメなんだ。」と言っている人って、「俺こういう話前から知ってたし」と自慢したいだけちゃうんかと。

 『君の名は。』は間違いなく丁寧に作られた映画であり、それ故に名作でした。

 それにしても、あれですね。アレがアレして人類滅亡!みたいなお話って、割りと定番ですけど、アメリカ人が作ったら結構派手なノリになるのに、日本人が作ったらこういう「エモいやろこれ?」みたいな感じになるんですね。おもしろい。

レゴ・ムービー、小さくて壮大な和解の物語

※注意:若干ネタバレあります
 
 『レゴ・ムービー』という、内容そのまんまなタイトルの映画を観ました。すごい感動しました…前半ただの海賊映画だったのに…最後には壮大な和解の物語になってびっくりした。そうですよ。僕は子供の頃、こういうお話を読むために、本を読み始めたんですよ。いや、記憶にはないけど。でもきっとそうですよ。そして大人になった今でも、こういう話に出会うために、本とか映画を観てる。
 僕のTwitterのタイムラインに、定期的に大絶賛する人が出現する映画だったので、前から気になってた作品だったんですが、やっぱり観てよかった。Twitterで出会った映画って何故か大抵おもしろい。Twitterってほんと便利。
 感想ツイートの中でよく見かけたのが、「最後のメタ的な展開が意外でびっくりしてよかった」というものだった。それはちょっとおかしな感想だ。大抵の人に紙と鉛筆を渡して、「レゴを題材にしてびっくりするような話を書け」と言ったら、恐らく5人中4人はそういう視点の展開なり小ネタなりをどっかで挟むと思う。残りの1人も一度はそういうことを考えて、「いやーちょっとベタすぎるかな」って思って避けると思う。
 この感覚は子供の頃にレゴで遊んだことがある人なら理解してもらえると思う。「ギョワァー巨人だー」などと言って、作っていたものを粉々にするという遊びを一度はしたはずだ。僕もした。同年代の友達からは「ちょっとやめてよー」と笑われつつ言われ、もっと幼い子供からは、やりすぎて泣かれる。そういう思い出があるはずだ。オモチャという題材なんだから、遊び手の存在をどこかで匂わせてみよう、そういうことを書き手は一度は検討するはず。だから僕は、「まぁ最低でも、画面外から手がヌッと出てきて物語に介入してくる、程度のことはしてくるだろう」と、視聴前から覚悟して鑑賞していた。
 あ~それなのに。何もかも裏切られた。いや裏切られてない。裏切られてないです。裏切られてないんだけど、何もかもその通りだったし、そうだったんだけど、思ってたのと違った。思ってたのと違ったんです。思ってたの以上だったって言ったらまあそうなんだけど、そういう次元の話じゃない。あーあ、あのツイッタラーの人達、こういう驚きだったんだ…って思いましたよ。よかったですね。僕も嬉しいです。僕も嬉しかったですね、本当に。
 物語の世界の設定に大いに関わっていたんだ。そしていつもそこにいた。そして最後には、二つの物語が急速に重なりあって、一つの壮大な和解の物語になる。
 最初はただの海賊万歳映画だったのに…何もかも許容しやがって…最後には鑑賞してる俺のことまで赦しやがって…救いやがって…自由にしやがって…なんてやさしい世界なんだ…
 とにかくみんなこの映画を一度は観てください。子供の人は5回くらい観てください。そして大人になったらもう3回観ろ。
 いや、きっと観たくなる。一度でも観たら。